一旦落ち着こうと思います。ここ最近は、スルーレートを重視のヘッドホンアンプを作っていました。しかし、実際に組み立ててみると、多くのケースで、シミュレーションと異なる挙動となりました。特に、ボリューム位置で発生する発振については、完全に盲点でした。今回は、一旦落ち着いて、実用的なヘッドホンアンプを作ります。そして、これまでの失敗を元に、キレた性能のヘッドホンアンプを計画します。
一旦落ち着こう:先ずは安定性重視の回路を設計する
スルーレート重視のヘッドホンアンプを作るなら、電圧増幅回路の低インピーダンス化が効きます。しかし、低インピーダンス化により、出力のオフセットが大きくなります。しかし、出力オフセットは、負帰還量を大きくすることで抑えることができます。
しかし、負帰還を無闇に大きくするとグランド通じて、還信号が非反転入力に回り込みます。その結果、正帰還が生じ、発振が起きることが解りました。そして、出力オフセットを小さくするには、もう一つやっておくべきことがあります。それは、初段差動増幅回路に使用するトランジスタのVbeを揃えることです。
これらの反省点を踏まえ、設計した回路がこれです。
この回路のミソは、負帰還抵抗(Rf)です。シミュレーションで最適値を見つけることは非常に困難でした。そこで、ブレッドボードを使って最適値を見つける作業を行いました。なお、この回路の利得は、Rf/Rgf+1=7倍(16.9dB)となります。
一旦落ち着こう:安定性重視ヘッドホンアンプ組み立て
今回使用したトランジスタは、BC548とBC558です。このトランジスタは、入手性が良く、非常に安価なので気に入っています。しかし、高周波特性に影響を及ぼす寄生容量(Cob)は低く抑えられています。
音声信号の増幅ですから、高周波特性を過剰に求める必要は無いかもしれません。しかし、ステップ応答の結果には大きな違いがでます。寄生容量が大きなトランジスタを使ったヘッドホンアンプでは、オーバーシュートが目立ちました。しかし、このオーバーシュートにより、音がどのように変化するかは全く別の話です。あくまで、測定器レベルでの話です。
一旦落ち着こう:性能測定
安定性重視ヘッドホンアンプの性能測定を行いました。いつものように、ファンクションジェネレータで作った信号を入力し、増幅後の信号波形を観察します。なお、信号レベルは、出力が歪まない範囲で最大の振幅にしています。
性能測定:正弦波
今回のヘッドホンアンプは、電圧増幅部に差動増幅回路を使用したDCアンプです。また、カップリングコンデンサを使用していませんので、DC(直流)電圧の増幅も可能です。したがって、1Hzという非常に低い周波数の信号も増幅出来ます。周波数特性はフラットで、1Hzから20kHzまで周波数を変えても、振幅の変化はほとんどありません。また、波形に乱れは見られません。
次に、入力信号の周波数を上げて、振幅が最大となる周波数を探ってみました。
入力信号の周波数を上げていくと、901kHzで振幅が最大となりました。したがって、901kHzあたりに回路の共振周波数のようです。この周波数は、可聴域から遠く離れていますので、音に影響を及ぼすことは恐らくないでしょう。
次に、振幅が-3dBとなるカットオフ周波数を探ってみました。
カットオフ周波数は1,8MHzでした。ここから先は、-6dB/Oct.で振幅が減少していきます。AMラジオの送信周波数に匹敵する周波数まで、増幅できる能力があります。
性能測定:矩形波
矩形波を入力し、その増幅後の波形を観察するステップ応答試験を行ってみました。
20kHz矩形波に、オーバーシュートが見られます。このオーバーシュートは、この回路の共振周波数である900kHzあたりの周波数成分で構成されています。したがって、このオーバーシュートが音に影響を及ぼすことはありません。
性能測定:最大振幅、無信号時出力オフセット
過大な信号が入力された場合、信号がつぶれます。つぶれた信号の幅が最大振幅となります。
最大振幅は、7.61Vでした。しかし、信号波形が0.3Vほど+側にオフセットしています。したがって、実質的な最大振幅は7V程度でしょう。このヘッドホンアンプの電源電圧が9Vであることを勘案すると、そこそこ大きな振幅が得られていると思います。
次に、無信号時の出力オフセットを見てみましょう。
無信号時の出力オフセットは、かなり小さくなっています。したがって、出力に接続した機器に影響を与えることはありません。しかし、このヘッドホンアンプは、直流成分を除去する、カップリングコンデンサを省略しています。そのため、入力側に、直流成分を出す装置を取り付けて使用することは危険です。
性能試験:スルーレート
スルーレートは、出力信号の立ち上がりの速さを表す数値です。スルーレートが高いほど、入力信号に対する出力信号の追従性が良くなります。しかし、高すぎるスルーレートは、発振の原因にもなります。オーディオ信号の増幅であれば、スルーレートは1V/μSでも十分すぎるほどです。オーディオ用オペアンプでは、位相補償用のコンデンサが内蔵されていることがあります。位相補償により、スルーレートは低下しますが、発振しにくくなり、安定性は向上します。
では、今回制作したヘッドホンアンプのスルーレートを測定してみましょう。
測定の結果、296nSあたり3.98Vの出力電圧変化でした。これをマイクロ秒あたりの値に換算すると、13.4V/μSとなります。スルーレートは、電源電圧に比例します。今回は電源電圧±4.5Vで測定をしています。仮に、一般的なオペアンプの測定条件である、電源電圧±15Vに合わせると、40V/μS程度になるはずです。この値は、かなり優秀です。しかし、その分発振は起きやすいとも言えます。
性能試験:リニアリティ
次に、三角波と階段波の増幅結果を使ってリニアリティーの確認をします。ここでは、増幅率が電圧によって変化しないことを確認します。三角波の増幅結果では、波形が直線で構成されていることを確認します。また、階段波では、全ての段差が等しいことを確認します。
三角波、階段波共に、乱れはありません。したがって、リニアリティーは確保されていると言えます。
一旦落ち着こう:落ち着いたら振り出しに戻っていた
一旦落ち着いて、ヘッドホンアンプを作り直してみました。しかし、気が付いてみたら、リベンジヘッドホンアンプと同じ回路でした。設計にあたっては、シミュレーションを繰り返しますが、結局は振り出しに戻ってしまいました。
一度作ったヘッドホンアンプと同一の回路ですから、音質については折り紙付きです。音質は申し分ありません。性能測定の結果を見てもわかる通り、歪みは感じられず、出力大きく、ノイズ感もありません。また、周波数帯域は呆れるほど広くフラットです。さらに、理論上のダンピングファクターは無限大です。高いスルーレートと相まって、緩みが全くない、緊張感あふれた音です。したがって、おおらかな音作りが好みな方には全くお勧めできません。逆に、半導体アンプらしい、軽快でソリッドな音が好みの方にはベストマッチでしょう。
一旦落ち着こう:でも、もう一段カリカリな音を目指してみたい
これまでの失敗から、高いスルーレートを維持しながら、発振しないヘッドホンアンプの勘所が判りました。そこで、もう一段、カリカリなヘッドホンアンプを設計してみました。それが、これです。
これまでの反省点を組み入れ、負帰還量を控えめにしました。その一方で、差動増幅回路の低インピーダンス化を進めました。一段目差動増幅回路のエミッタ抵抗とコレクタ抵抗を20kΩとしました。そして、二段目差動増幅回路は大胆に低インピーダンス化しましいた。コレクタ抵抗は2kΩ、エミッタ抵抗は300Ωです。
次に作るヘッドホンアンプのシミュレーション結果
LTSpiceを使ってのシミュレーションの結果は良好でした。
周波数対利得・位相回転のシミュレーション結果によると、共振周波数は8MHzあたりです。一方で、位相が180°回転する周波数は12MHz近辺です。両者の周波数は十分離れていますので、発振は起きにくいでしょう。
過大入力時に発振が起きることは珍しくありません。そこで、過大入力時の挙動について、シミュレーションしてみました。
過大信号を入力により、出力はクリップしています。しかし、発振は起きていません。やはり、発振はしにくいようです。
次に、小信号時の挙動をシミュレーションしてみます。小信号入力時には、帰還量が少なくなるため、オフセットが出やすくなります。ここでは、+側と-側の振幅の差から、オフセットの量を確認します。
0mVを境に、+側と-側で振幅は等しくなっています。したがって、出力信号のオフセットが極めて少ないことが解ります。
次に、1mW出力時のFFTを観察します。FFTグラフからは、ノイズレベルと高調波歪みが解ります。
グラフを見ると、フロアノイズは全域で-160dBを下回っています。使用している回路シミュレータLTSpiceの特性により、奇数次の高調波歪みが大きく出ています。しかし、偶数次の高調波歪みに着目すると、概ね0.01%程度です。
シミュレーションはアテになるのか?
シミュレーション結果は、優秀でした。しかし、シミュレーションの結果が、そのまま実機に当てはまるとは思っていません。しかし、これまでの経験から、オフセットと発振に関しては、シミュレーション結果は実機に近いと言えます。したがって、かなり素性のよいヘッドホンアンプになると思われます。
新たに設計したヘッドホンアンプについては、部品が揃い次第組み立てたいと思います。