先日は、差動増幅ヘッドホンアンプを作成しました。そして、そのヘッドホンアンプは、十分に納得できる性能を発揮してくれました。しかし、問題点もいくつか見つかりました。今回は、その問題点を解決したいと思います。
前作差動増幅ヘッドホンアンプの問題点
前作の差動増幅ヘッドホンアンプには、わずかではありますが問題点がありました。その問題点を挙げてみたいと思います。
- 出力のオフセットがやや大きい
- 発振することがある
- 消費電力が大きい
出力信号のオフセットについては、常時30mV程度あります。この値は、無視できる範囲ではありますが、気持ちの良いものではありません。したがって、今回はもう一段小さくしたいと思います。
発振については、強いパルス状の信号が入力された場合に発振することがありました。通常の使用では、発振はめったに発生しません。しかし、一度発生すると、電源を切るまで発振が継続します。しかも、質の悪いことに、発振周波数は14MHz程で、聞き取ることはできません。しかし、電力増幅部のトランジスタを発熱させてしまいます。熱結合によりバイアスオフセット量が自動的に減少し、発熱は収まりますが、根本的に対処したいと思います。
消費電力については、12V駆動時に35~40mA消費します。この値は決して大きすぎるわけではありません。しかし、電池駆動を考慮すると、もう少し小さくしたいところです。
諸問題の原因は差動増幅回路にあった
前回作成したヘッドホンアンプは、4つの部分で構成されています。一つ目は差動増幅回路です。そして、差動増幅回路から得た微弱な信号を補うバッファ回路。次のバイアス回路では、バッファからの信号を-側と+側にオフセットした二つの信号を作り、電力増幅回路をAB級動作させます。このバイアス回路は、電力増幅回路が過熱するとオフセット量を減少させて、焼損を防止する保護装置としての機能も持ちます。そして、最後の電力増幅回路で電流増幅(=電力増幅)を行い、インピーダンスの低いヘッドホンを駆動できるようにします。
これらの回路の中で、電力増幅回路は全く弄るところがありません。バッファ回路とバイアス回路も、調整部分は僅かしかなく、調整範囲も非常に狭いです。その一方で、差動増幅回路は調整部分が多く、その特性は調整で大きく変わります。したがって、問題解決のカギが差動増幅回路にあることが、何となくわかります。
差動増幅回路の何処をどうすればよいのか?
問題の部位は何となく特定できました。しかし、どうすればよいのかが分かりません。また、確固たる経験も知識もありません。そこで、ここから先はカット&トライです。LTSpiceという回路シミュレーターを使って、差動増幅回路を少しずつ変えながら解決策を探ります。
先ずは、発振対策です。発振は、入力信号と出力信号の位相差によって発生します。入力信号と出力信号の位相差が180°になると発振します。実際には、位相余裕を45~60°確保すると良いようです。一般的には、負帰還抵抗と並列にコンデンサを設置し、位相を早めることで位相余裕を確保するようです。しかし、コンデンサはあまり使いたくありませんので、別の方法で位相余裕を確保しました。
改良前は、位相遅れが最大で160°でしたが、差動増幅回路の見直しで、位相回転を18~ -72°の範囲に収めることができました。位相余裕は100°以上確保できたことになります。そして、位相余裕確保の副産物として、出力のオフセットも減少しました。
消費電力は?
残る問題点、消費電力の削減については、バッファ回路の見直しによって行いました。前回は、エミッタフォロワを2段使用していました。これを1段にし、ブリーダー抵抗を1kΩから4.7kΩに変更にすることで電力削減を行いました。併せて、差動増幅回路の高インピーダンス化も行いました。これらの変更により、12V動作時の電流値は20mA程度まで削減できました。9V動作時の消費電流は15mA程度ですので、乾電池006Pでも十分な時間動作させることができるでしょう。
出来上がった回路図
差動増幅ヘッドホンアンプの改良版回路図がこれです。
差動増幅部および負帰還を高インピーダンス化しました。これにより、ワザとトランジスタの高域特性を落として位相回転を減少させました。また、高インピーダンス化により、負帰還の効きが良くなりました。その結果、出力のオフセットを減少させることに成功しました。その一方で、外来ノイズには弱くなりましたので、入力端子を1kΩの抵抗でグランドに落とし、見かけの入力インピーダンスを下げ、ノイズの感受性を下げました。
ヘッドホンアンプの組み上げ
いつものように、ユニバーサル基板上に回路を組み上げました。なお、使用したトランジスタはBC547,BC337,BC327を使用しました。しかし、今回の回路は、トランジスタの性能差があまり出ない回路です。したがって、2N2222+2N2907や2SC1815+2SA1015のような小信号用のトランジスタなら動作するはずです。ちなみにBC547のコンプリ品BC557の手持ちがありませんでしたので、仕方なくBC337とBC327を電力増幅とバイアスに使用しました。
性能試験 – 矩形波の増幅
何時ものようにオシロスコープをあてて、出力波形を見ていきます。先ずは、矩形波です。
差動増幅回路では、DCから増幅出来ます。したがって、1Hzでもしっかり増幅しています。また、オフセットも3mVしか出ていません。改良は成功しました。
矩形波1kHzの出力波形です。オーバーシュートもなく、整った波形です。
今回は、差動増幅回路に使用したトランジスタへ流入する電流を少なくすることで、高域特性を抑えています。そのため、20kHzまで周波数を上げると、波形の角が丸まっていることが解ります。高域特性は随分とマイルドになっているようです。ただし、可聴範囲は問題なく増幅出来ています。
矩形波で100kHzまで周波数を上げると、更に波形は鈍ってきます。しかし、これは高域側の特性をあえて悪くすることで、発振防止をした副作用です。しかし、可聴域には影響はありませんので、聴感上不都合を感じることはありません。
性能試験 – 正弦波の増幅
矩形波の結果が良好でしたので、正弦波の方は蛇足かもしれませんが、参考まで載せておきます。
今回作ったヘッドホンアンプで正弦波を増幅した結果、いずれの周波数でも、波形は整っています。また、振幅は1Hzから20kHzまで概ねフラットで、100kHzで若干の減少が見られます。したがって、可聴範囲では振幅減少は無く、フラットな周波数特性です。
直線性の確認
信号レベルによる増幅度の変化についてみてみます。ここでは、三角波と階段波を入力して検証します。三角波では波形が直線的に変化しているか否かを見ます。そして、階段波では、各段の段差が等しく変化しているか否かで直線性を確認します。
三角波を増幅した結果、波形は正しい直線で構成されており、信号レベルによる増幅度の変化が無いことが解ります。
さて、階段波の増幅では、1kHz,10kHz双方とも段差は揃っており、直線性は確保されていることが解ります。しかし、階段波10kHzでは、角が丸くなっていることが解ります。これは、可聴域外の高域特性をあえて落とした結果によるものです。
スルーレート
信号追従性を示す指標であるスルーレートを計測してみました。
計測結果は,300nSあたり1.59Vの変位でした。これをμSあたりの値に換算すると、5.3V/μSとなります。改良前のヘッドホンアンプのスルーレートが24V/μSでしたので、高域特性はかなりマイルドになっています。この辺りをどう判断するかは悩ましいところです。発振しにくくて、消費電力も少ない、安定した方を良しとするのか。あるいは、稀に発振することはあっても、可聴域のずっと外側まで伸びた周波数特性に魅力を感じるのか。
発振のしやすさは、差動増幅回路の欠点です。DCアンプをあきらめれば、発振しにくさと高域特性の両立が可能です。以前、謎トランジスタを使って作ったヘッドホンアンプは電流帰還増幅回路で1.8MHzまで増幅出来ました。もちろん、DCアンプではありませんが、低域も高域も、可聴周波数範囲は問題なく増幅出来ていました。
差動増幅回路の利点をもう一度考えてみる
差動増幅回路=高性能/高級というイメージがあります。確かにDCから増幅できるのは魅力です。また、外付けの抵抗2本で増幅率を決められる手軽さもあります。また、負帰還によって歪みを抑えられる利点もあります。個人的には、電源投入時の不快なポップノイズが全くないことに魅力を感じています。また、動作電圧範囲を広くできるのも魅力です。しかし、これは私の検証の仕方が悪いのかも知れませんが、ネット上にはそのままでは動かない差動増幅回路の解説を多く見かけました。また、構成部品の定数の決め方についての理路整然とした解説も目にしたことがありません。
自分なりの設計理論は構築できたけど
今回、時間をかけて、私なりの理論は構築したつもりです。しかし、これは素人の悪あがきの結果です。正しいという保証はありません。しかし、これだけは言えます。今回作ったアンプはちゃんと動いています。そして、欲しかった性能も出ています。