マイルールを崩して、品質重視から出力強化と回路の簡素化を両立します。これまで、ヘッドホンアンプを作るにあたっては、小さな出力オフセッを重視していました。今回は、このマイルールを一旦崩すことにしました。そして、今回の目標は、回路の簡素化と高出力の両立です。
マイルールを崩す部分
ヘッドホンアンプを設計するにあたっては、小さい出力信号のオフセットを重点にしていました。これは、出力信号のオフセットが、不快がポップノイズの原因だからです。これまで、入力を受け持つ差動増幅回路の感度を上げることで、これを実現してきました。しかし、感度を上げると、出力信号がクリップしやすくなります。
そこで、今回は一段目の差動増幅回路のインピーダンスを下げ、増幅度を下げます。しかし、一段目の差動増幅回路のインピーダンスを下げると、信号のオフセットが多くなります。そこで、マイルールを破って非反転入力と反転入力のグランド抵抗を違った値にします。
入力端子のグランド抵抗は重要です。この抵抗が無ければ、出力信号が不安定になります。そして、抵抗値が大きすぎれば、ノイズを拾い易くなります。逆に、低すぎれば音質変化が顕著になります。マイルールでは、反転入力と非反転入力のグランド抵抗は同一とします。しかし、今回は非反転側は経験上最適な33kΩとしました。しかし、反転入力側は、少しでもオフセットを小さくするため1kΩとしました。
バッファと電力増幅段のトランジスタを変更
今回は、ヘッドホンに限らず、スピーカーもある程度鳴らせるようにします。そのため、手っ取り早く電力増幅トランジスタを変更します。これまでは、使いやすさ重視で、BC547とBC557を使用していました。しかし、今回は力持ちなトランジスタ、SS8050とSS8550を電力増幅に使用します。
データシートによると、SS8050とSS8550を組み合わせて2Wの出力が得られるようです。これまで使用してきたBC547,BC557の600mWに比較して高出力です。
ダイアモンドバッファにもSS8050,SS8550を使う
バッファについては、電力増幅用トランジスタと同一でなくても動作します。しかし、あえて電力増幅とバッファに同じトランジスタを使います。その意図は、同じにすることで、温度変化などによる貫通電流の発生を少なくすることです。
マイルールを一旦忘れて、回路設計とPCB設計
マイルールをあえて崩した設計にしました。これまでは、出力オフセットが小さくなる設計としてきました。しかし、オフセットをある程度許容することにしました。併せて、カレントミラーを廃すことで、回路の簡素化も行いました。そして、出来上がったのが下の回路図です。今回は、基板を起こしますのでEasyEDAを使い回路図を作成しました。
回路図を書いたら、PCBの設計です。今回も便利なAuto routeを活用しました。
EasyEDAのPro版には、部品配置を自動で行う機能もあります。しかし、この機能はイマイチで、使い物になりません。また、Pro版にもAuto route機能はあります。しかし、スタンダード版の方がいい感じです。この違いは、ローカルのPCで実行するPro版とクラウドサービスのスタンダード版の違いでしょう。
PCBの仕上がりイメージ
他のEDAソフトにもありますが、EasyEDAにも完成イメージを見る機能があります。
実際の組み立てに無理が無いかを確認するため、部品実装をした時のイメージを出力します。
基板が、美しく見えるかなども検討します。
組み立て
JLCPCBにPCBの発注を行い、待つこと8日でPCBを受け取りました。早速組み立てです。組みあがったヘッドホンアンプがこれです。まだ、ケースに収める前ですが、この状態で動作確認を行います。
性能試験:矩形波の増幅
いつものように、テスト信号を入れ、増幅された信号波形を観察します。先ずは、矩形波の増幅を行います
マイルールを崩したといっても、DCアンプであることに変わりはありません。低い周波数でもきれいに増幅してくれます。
僅かにオーバーシュートが見られます。しかし、マイルールでは、発振の恐れが無ければ許容することにしています。したがって、この程度のオーバーシュートは許容します。
周波数を20kHzまで周波数を上げると、オーバーシュートというよりもリンギングであることが解ります。しかし、発振に至る様子はありません。したがって、帰還信号の進相処理などの対策は採らないことにします。
性能試験:正弦波の増幅
正弦波についても、増幅後の波形を確認しておきます。
DCアンプですから、低い周波数は得意です。1Hzでもしっかり増幅出来ます。
1Hzから20kHzまで、ボリューム位置を固定して測定しました。その結果、振幅P-P電圧は2.96V~3.00Vまでの40mVしか変動していません。したがって、可聴域の周波数特性は、フラットと言ってよいでしょう。なお、振幅のP-P電圧は100kHzあたりで3.11Vとなり、これがピークとなります。また、波形にもわずかに歪みが見られるようになります。
更に周波数を上げていくと、徐々に出力信号の振幅は減少します。そして、400kHzが-3dBポイントとなります。つまり、カットオフ周波数は、400kHzとなります。
性能試験:スルーレートとリニアリティーの確認
出力信号の立ち上がりの速さを表すスルーレートの確認を行います。スルーレートが高いほど、入力信号に対する出力信号の追従性が高くなります。したがって、スルーレートが高いほど高い周波数の信号を増幅出来ます。
測定の結果、440nsあたりの電圧変化は1.59Vでした。これを1μsあたりに換算すると、3.6V/μsとなります。この値は、カレントミラーを使って差動増幅回路を駆動させることで、さらに向上できます。しかし、既にオーディオ用としては十分な性能です。これ以上の性能向上は必要ないでしょう。逆に、差動増幅回路を低インピーダンス化することで、スルーレートの向上ができることが解りました。
1kHzの三角波を増幅した結果は良好でした。波形を構成する線に歪みはありません。したがって、電圧による増幅度変動が無く、リニアリティーが確保されていることが解ります。
階段波については、わずかにオーバーシュートが見られます。しかし、段差は均一です。これにより、電圧の揺らぎは無く、時間軸の揺らぎも発生していないことが解ります。
マイルール無視で増大するオフセットはどうなった?
そういえば、出力オフセットの測定を忘れていました。ケースに組み込んだ後に測定しました。
シミュレーションでは、数ミリボルトの出力オフセットでした。しかし、実測の結果、出力オフセットは0.9mVでした。これは、マイルールを破って、負帰還のグランド抵抗を1kΩにしたことが寄与していると思います。
マイルールを崩した結果の音は?
測定結果を見ても解るように、このアンプはフラットで味付けがありません。したがって、音質に関しては、心理的バイアスが掛かった、主観的なものになります。
やはり、電力増幅素子を、力持ちなトランジスタに変えたことで、全体的に力強さが増しています。特に、低音域が豊かです。その一方で、高域はややおとなしい感じです。これが奏功して、ボーカルのサ行が刺さることはありません。電源投入時のポップノイズは少し大きくなりました。しかし、接続した機器を破壊することは絶対にないと言えるレベルでしかありません。安全に使えるヘッドホンアンプであることに変わりはありません。
音質的には、もうしぶんないヘッドホンアンプです。しかし、弱点が無いわけではありません。電源電圧が5V以下のときに、1Vを超える信号が入力された場合、ラッチアップが発生します。これは、電圧増幅段の配置が良くないために発生します。一段目と二段目の差動増幅回路を入れ替えることで、ラッチアップは解決するはずです。また一つ、課題を見つけてしまいました。ヘッドホンアンプ作りはやめたと言いながら、もう少し続けないといけないようです。