カレントミラー負荷差動増幅回路を入力段に使用したヘッドホンアンプを前回制作しました。しかし、前回の製作記事にも書きましたが、問題がありました。それは、一段目の差動増幅回路をカレントミラー負荷にすると、非反転出力が得られないことです。前回は、反転増幅を二回繰り返して無理やり非反転出力を得ていました。今回は、カレントミラー負荷の差動増幅回路を入力段に使用しないほうが良いのか、考察してみます。
入力段へのカレントミラー負荷適用
前回制作したヘッドホンアンプでは、入力段=一段目差動増幅をカレントミラー負荷にしました。しかし、これはあまりよい方法ではありませんでした。では、なぜ良くないのか、シミュレーション結果を見てみましょう。
上図は前回制作したヘッドホンアンプの回路図です。赤字で示した通り、Q1のコレクタから反転信号が出力されます。そして、Q2のコレクタからは非反転信号が出力されるはずです。しかし、非反転出力は、Q10の働きにより、⊖電源+Vbeに固定されます。その様子をシミュレーション結果で確認してみましょう。
上図の緑色の線が反転出力です。そして、青色の線が非反転出力です。非反転出力は、カレントミラー回路のリファレンスとなっているため、振幅しません。これがカレントミラー負荷の欠点です。つまり、カレントミラー負荷の差動増幅回路は、二つある出力の一つしか使えません。しかし、二段目の差動増幅回路を効率よく駆動するには、反転出力と非反転出力の両方が必要です。つまり、一段目の差動増幅回路をカレントミラー負荷にするのは良くありません。
二段目差動増幅回路は極性に注意
一段目の差動増幅回路と二段目の差動増幅回路は、逆極性にすると良いでしょう。その理由をシミュレーションで見てみましょう。
上図は一段目、二段目ともPNPトランジスタで構成した回路です。この回路のシミュレーション結果を見てみましょう。
シミュレーション結果を見ると+側と-側の振幅が異なっています。これが一段目と二段目を逆極性にする理由です。一段目の差動増幅回路をPNPトランジスタで構成したら、二段目はNPNトランジスタにすると良いでしょう。これにより、一段目の非線形性は二段目の非線形性で打ち消されるはずです。
お手本を見てみましょう
ここまでの考え方が正しいかどうか、お手本を見て、確認してみます。お手本にするなら、4558系のオペアンプの等価回路図がシンプルで解りやすいです。しかし、4558系は差動増幅を一段しか使っていませんので、参考になりません。そこで、素人にはハードルが高いですが、NE5532の等価回路で確認したいと思います。
NE5532は一段目差動増幅がNPNトランジスタで構成されています。そして、二段目の差動増幅回路はPNPトランジスタで構成されています。つまり、一段目と二段目の差動増幅回路は逆極性となっています。また、一段目は抵抗負荷になっていることが解ります。その一方で、二段目はカレントミラー負荷になっています。
つまり、一段目と二段目を逆極性にして、二段目だけがカレントミラー負荷になっています。
ちなみに、NE5532は一段目差動増幅回路と二段目差動増幅回路が寄生サイリスタを構成します。過大入力により、寄生サイリスタがONになるとラッチアップという現象を生じます。これを防ぐため二つの入力端子間の電圧をVbeに制限しています。これは、NE5532特有の問題であり、回路構成です。他の多くのオペアンプは一段目をPNPで構成しているので、ラッチアップ対策は必要ありません。
回路設計
二段目の差動増幅回路をカレントミラー負荷にする試みは、過去に行っていました。その時作ったヘッドホンアンプは、スルーレートが高く、信号追従性の良いものでした。しかし、同じ回路では面白くありませんので、今回はハイ受けを意識した回路にしました。出来上がった回路図がこれです。
これまでの知見を踏まえて、一段目差動増幅回路はPNPトランジスタとし、二段目はNPNです。そして、二段目差動増幅回路は、反転出力を使用しません。そこで、反転出力側をカレントソースとし、非反転出力側にミラーリングしています。
二段目差動回路の非反転出力は、ダイアモンドバッファに送り込まれます。ここで、バッファリングとボルテージシフトを行い、プッシュプル電力増幅段をAB級動作させています。
なお、今回は入力インピーダンスを高めるため、グランド抵抗を100kΩにしました。併せて、帰還抵抗を510kΩとし、増幅率6.1倍、15.7dBとしました。
シミュレーション
回路を組む前に、シミュレーションの結果を見てみましょう。ここでは、発振の原因となる位相余裕や、過剰なオフセットが出ないことを事前に確認します。
先ずは、周波数特性と位相回転のシミュレーション結果です。10kHzあたりから利得の上昇が見られます。しかし、上昇量はピークの100kHzあたりでも2dB程度です。可聴域は概ねフラットですので、対策は行わないこととします。また、位相回転が180°となるのは10MHzあたりです。10MHzでの利得は-20dBくらいです。したがって、このアンプは発振しません。
次にステップ応答のシミュレーションです。
600mVp-pのステップ応答シミュレーション結果です。オーバーシュートは見られますが、この程度ならば位相補償等の対策は行わなくて良いでしょう。
最後に正弦波です。
オフセットは殆どありません。
ここまでの、シミュレーションで問題は見られませんでしたので、回路を組んでいきます。
組み立て
今回も例によって、ユニバーサル基板で組んでいきます。また、念のため、使用トランジスタは、hFEが±5以内に収まるよう選別しました。ただし、hFEは温度によって大きく変動しますので、過剰にこだわらなくても良いです。
性能試験
組みあがったヘッドホンアンプでテスト信号を増幅し、どの程度正確に増幅出来ているかを確認します。先ずは矩形波の増幅結果を見てみましょう。
シミュレーションでもわかっていましたが、若干オーバーシュートが出ています。
今回は位相補償などは行っていません。しかし、若干のオーバーシュートは見られるものの、収束は早く、発振の気配はありません。
次に正弦波です。
正弦波は見事に出ています。また、Vavgは常に0mVとなっており、オフセットは検出されません。次に-3dBポイントを探ってみました。
-3dBポイントは490kHzでした。したがって、このヘッドホンアンプは、可聴域はフラットです。また、発振の恐れもありません。したがって、接続機器に悪影響を与えることは無く、安心して使えます。
次に三角波と階段波の増幅結果でリニアリティーが確保できているか確認します。
階段波の方で、オーバーシュートが見られる外は、問題なしです。綺麗に増幅出来ています。そして、最後にスルーレートを計測してみましょう。
計測の結果、111nSあたり610mVの電圧変化でした。これを、μ秒あたりに換算すると5.5V/μSとなります。この値は、オペアンプNE5532の6V/μSに僅かに劣る程度の数字です。一般的なオーディオ用途であれば1V/μSでも十分です。したがって、今回制作したヘッドホンアンプは、十分に目的を果たせる性能を持っていると言えます。
実際に聴いてみた感想
実際に再生機器に接続して聴いてみました。笑っちゃうくらいフラットです。そして、音像定位がしっかりしています。所謂口の小さな音です。とにかく音としては素晴らしいです。これは、心理的なバイアスがかかっているためかも知れませんが、位相補償を行っていない音は素晴らしいです。
また、前回よりも更にグランド抵抗を大きくしたためでしょうか、音場の広がり感がハンパないです。また、以前から感じていたことですが、グランド抵抗を大きくすると得られるラウドネス感が増しています。とにかく素晴らしい音です。
以前は、小さなグランド抵抗で得られる、タイトな締まった音が好きだったのですが、宗旨替えしてしまいそうです。
しかし、良いことばかりではありません。今回グランド抵抗を大きくしたことによって、無音時にヒスノイズを感じます。前回作ったヘッドホンアンプでは、ヒスノイズは感じられませんでした。したがって、グランド抵抗は50kΩくらいだとヒスノイズは感じられず、丁度良い感じです。
むかし、「音の良いアンプはヒスノイズが出る」と聞かされたことがあります。今回作ったヘッドホンアンプがまさしくそれです。とにかく非の打ちどころが無い音です。しかし、無音時にヒスノイズを感じます。それだけが欠点です。